風来坊主の足跡

1937年大阪市に生まれ、太平洋戦争後小学3年より九州の片田舎に移住、高校より大学まで大阪、以后九州の会社で働くが会社整理で29才のとき帰阪、さまざまな職業を経て三菱化工機(株)で定年をむかえる。

その後独学で伝統仏教の住職資格を取り、1997〜1999年まで中国へ移住、雲南省昆明の雲南大学で中国語と仏教を学習し、一年間雲南大学にて日本語教室を開講。この間インドの釈迦8大仏蹟・タイの寺院巡礼、中国山西省「玄中寺」にて短期修行など、帰国後大阪の本家の寺院に勤める。

2002年9月より再び中国へ移住し昆明理工大学に留学、中国語と「原始仏教」を学ぶとともに、昆明の医療関係者に日本語教室を開催、またインド・タイ・スリランカ・カンボディアの釈迦の遺跡、中国各地の仏教石窟群など巡礼、「風来坊主の旅日誌」−新編を中国よりUp、03年10月帰国。現在全編を再編集して「風来坊主の旅日誌」をUpしている。

大学時代には探検部の設立にかかわり、積雪期の北アルプス鹿島槍北壁、厳冬期槍ケ岳北鎌尾根、夏の黒部川及び周辺の谷々、洞窟調査、離島調査、黒部川上の廊下ゴムボート下降など、45歳まで現役の指導とともに活動、1998年(62才)のときタイのタオ島にて潜水免許を取得した。

中国では青海省・雲南省〜チベットなどをマウンテンバイクでキャンピング旅行、中国より帰国後写真展を三ヶ所で開催、2001年に国立民族博物館の写真コンクールに入賞し季刊誌「民族学」に採用される。

帰国後、熊本市内の寺院で雇われ住職を経て、2004年10月より大阪の元の寺院に奉職・2018年寺院退職。2005年3月よりウォーキング(ブッダよりコダイに改名)の会を立ち上げ、毎月一回(7・8月を除く)実施し2020年3月143回を迎える、そのレポートを「風来坊主のおおさか物語」としてUpしている。

修行全く至らず。嫁一人、結婚した娘一人孫なし。趣味は音楽を聴く、本を読む、詩句の創作、写真(個展を大阪X2・神戸X1)など。神戸市在住 
(日本山岳会永年会員・日本自然保護協会 WWF 関西大学OB会など会員 本名: 小野龍弥
          
                     


 
























 富士山頂01年9月7日
           
風来坊主の正装 02年晩春


       
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