第14(30)回 コダイ・ウォーキング レポート


新緑の柳生街道を歩く


5月といえば新緑の萌える野山を思わずにはいられません、青葉若葉のこれから成長してゆくエネルギイを感じるとき私たちも元気付けられます、そんな野山で一番に思い出したのが春日山の原始林でした。
ここには高校生の時代に行ったきりでしたから、昼なお暗く斧が入ることのない聖山に分け入ることを今月の目的にしました。
天候は朝方には小雨模様でしたがいつしか曇り空の天気になり、終日降られることのない私たちのウォーキングらしく、新緑と古刹そして野仏と楽しい一日となりました、けれども、うっとうしい曇天では画像もさえたものになりませんから、今月は新緑の清清しさを感じていただければ幸いです。
今月は日曜日でしたから法事などで不都合な方が多く、久々に男性3名のウォーキングとなりました、特に今月は体に異変の生じた方がお二人もおられて参加不可能になられました、お見舞い申し上げて一日も早いご回復を心から祈っております。



柳生街道略図 (山と渓谷社「関西歩いてみたい道」1997年版よりコピー)


忍辱山・円成寺(にんにくせん・えんじょうじ)

ここは柳生街道随一の名刹です、聖武・孝謙天皇の勅願により756年に鑑真和尚の弟子の唐僧・虚瀧が開創し、1026年には十一面観音を祀って再興され、1112年に阿弥陀如来が祀られて以後寺門が栄えたそうですが、その後応仁の乱で焼失、1466年(室町時代)に本堂などが同じ規模と様式で再建され1961年に解体修理されました。
ここの寺域は美しく整備され、本堂の春日造社殿には宝蔵・経蔵・篭道などが付随し、藤原時代の阿弥陀堂として化粧天井そして内陣の四本柱には極彩色の来迎菩薩像が描かれ、その華麗さは例えようもありません。
楼門の近くには多宝塔があり国宝の大日如来坐像が本尊として安置されていますが、運慶25歳時の作で1176年に完成しました。奥まったところには小さな可愛らしい国宝の白山堂と春日堂(春日大社の旧社殿)のお社が拝殿を前にして建ち、国道沿いに変わった注連縄が鉄柱に取り付けられています。


 2008年3月の第8回ブッダ・ ウオーキングを見る

国宝「大日如来坐像」と本堂内の四本柱の重文「聖衆来迎菩薩」画を見る



新緑につつまれた円成寺庭園より楼門(室町時代・重文)を見る


「観音さんの口ひげ」
円成寺の仏さまをご覧になると、観世音菩薩(観音さん)を初め全て口ひげを蓄えておいでです、そこで「あれっ」と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、元々仏である如来も、仏になるために修行中の菩薩も全て男性です。
これは生きとし生きるもの全て平等と教えられたお釈迦様がなくなってしまうと元来、女性の人権を認めていなかったインドでは、再び男尊女卑に戻ってしまい、釈迦仏滅後4〜500年後に成立した、北伝(大乗)仏教とともに慈悲・救済の観音さんも作り出されました。
この観音さんは西暦1世紀にはインドで信仰が興隆し、やがて中国でも4世紀頃から信仰が始まり、唐の時代になると観音の優しさがいつしか女性のシンボルとなってしまい、女性的な姿に変わってゆきました。
日本では飛鳥時代には仏教とともに入ってきて、奈良時代以降今日に至るまで観音信仰は隆盛となっています。

「忍辱(にんにく)」とは
仏教用語で、苦難に耐え忍ぶこと、菩薩の六つの修行(六波羅蜜)に一つ、六つの修行は1・布施2・持戒3・忍辱4・精進5・禅定6・智慧をいいます。


柳生街道(東海自然歩道)を行く

この道は平城(なら)の都から能登川沿いに石切峠へと上って柳生の里を経て笠置へと続く古代からの道です、薪や炭を担った人や馬が盛んに通うために路面は石畳になっており、春日山原始林は昼でも暗く、一人では心細いような自然と一体になれるところです。現在ではバス道が原始林を迂回して柳生方面へとつながっています。


円成寺近くの石仏



雨上がりに霧の湧く春日奥山



大和茶の畑



















  ←江戸時代から続く峠の茶屋 タバコの看板が大事にされていました


 ↑お二人は奥さん手作りのお弁当と茶屋のおいしい味噌汁で昼食


 峠の茶屋を出ると石切峠を経て奈良奥山ドライブウエイに出て、南に行くと
 地獄谷石窟仏、北へ行くと春日山石窟仏へ行けます。
 そこから地獄谷新池を能登川沿いに原始林の下を、つるつる滑る石畳道を
 下れば、首切り・朝日・夕陽地蔵さんと寝仏を通って、奈良の市街地へと
 出て行きます、私たちは白豪寺・新薬師寺・猿沢池を通って、いつもの反省
 会の地「天まで上がれ」へと歩きました。



石窟仏と野仏を見る




































             
   幽玄の世界                                        藤の滝



原始林−1



原始林−2


白豪寺

高円山(たかまどやま)の麓に、飛鳥時代・7世紀後期、天智天皇の皇子・志貴親王の山荘を寺に改めたのが始まりで、鎌倉時代に西大寺の叡尊が再興しました、本尊は木造阿弥陀如来坐像。境内には奈良三名椿の一つ五色椿があり、椿と萩の花の寺で有名です。



山門の向こうに生駒山を見る



閻魔王坐像・重文・鎌倉時代 (パンフレットよりスキャン)



樹齢400年・五色の椿と本堂



奈良といえば最後は新緑と興福寺の五重塔で閉めましょう


次回コダイ・ウォーキングは6月13日(金)の予定です、詳細は5月下旬にUpします。


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