第6(22)回 コダイ・ウォーキング レポート


馬見丘陵古墳群


馬見丘陵古墳群は、3月の葛城古道に続く豪族・葛城氏の故地、彼らがいかに大きな存在であったかを知ることができました。

葛城氏は、4世紀末から5世紀にかけて葛城襲津彦(そつひこ)の娘・磐之媛(いわのひめ)が河内王朝の仁徳天皇(当時天皇の呼称はなかったけれども、一応天皇を使います)の皇后となり、その子たちが履中(*讃)・反正(*珍)・允恭(*済)天皇となり、允恭の子が安康(*興)・雄略天皇(*武、その子が清寧天皇)、また襲津彦の子・葦田宿禰の娘が履中天皇の皇后となって、その孫が仁賢・顕宗天皇になるなど5世紀に絶大な力を持っていました、その後天皇家の跡目争いで力を失ったものの6世紀後半には591年新羅討伐の大将軍になり、用明天皇の后が出るなど再び葛城氏の名前が歴史に現れてくることは、「葛城古道」のところでご紹介しました。

この葛城氏と女王・卑弥呼や三輪山を中心とする大和王朝との関係など、まだまだ私の知りたいことがたくさん残されています。

馬見丘陵古墳群は奈良県が遺跡保存とレクリエーション地区として広大な地域を公園化しています、公園の中を歩きながら、数多い古墳をみて、花々と鳥を楽しみ、池塘のそよぎに耳を澄ませた、楽しい一日でした。

馬見丘陵公園の地図を見る


さあ出発!公園入り口

今日は一日中高曇りで暑さ知らずの下をウォーキング最多の12人が出発しました

馬見丘陵公園館

ここでは古墳のすべてについて解説がされています、古墳の造り方などは古代と現代の工法を比較した
ビデオや古墳の断面を見ることができて、古墳群を巡る前に必見のところです、ちょっと中をのぞいてみましょう。






















ナガレヤマ古墳

この古墳は5世紀初頭の築造と推定され、一部土を採られていたものを1988年から発掘調査と修復にかかり、東側は築造当時を再現し埴輪も並べられました。全長105mの前方後円墳で、国の史跡に指定されています。詳しいことは古墳の概容からどうぞ。

前方墳より大和葛城山を望む


斜面を葺き石で覆い埴輪を並べる

巣山古墳
馬見丘陵の中央にある大型前方後円墳で全長220m・最高18m、墳丘は3段で各テラスには埴輪が並べられ、斜面には葺き石が葺かれていましたが、現在はどこの古墳でも広葉樹林にすっぽり覆われています、埋葬施設は後円部の中央に竪穴式石室が2基、いずれも盗掘されています。馬見丘陵古墳群では最大級の規模で、古墳前期末葉の葛城氏の王墓と考えられており、国の特別史跡です。


馬見丘陵公園の花々

ここでは数々の花園を見ることができます、バラ以外の花々はちょうど見ごろで私たちを楽しませてくれました、たくさんの花は、ご病気も癒えて久しぶりに参加された生物楽者の
myuumyuuさんのアルバムからお借りしています。

中央公園のバラ園


菖蒲園のかきつばた



思い思いのお弁当を楽しむ


築山古墳
竹取公園の昼食を終わって、三吉石塚・新木山・鴨山・エガミ田古墳群を見ながらひたすら南へと歩き、近鉄の築山駅の南に、この地区最大の築山古墳が満々と水をたたえた環濠に取り巻かれて眠っています。ここは宮内庁の管理になっているため調査もされていませんが、全長210m・最高17m、巣山古墳と同時代の古墳で、やはり規模からして葛城古道の宮山古墳とも同じ葛城氏の王族の陵墓だろうと思われます。



かくて古墳と花の旅は無事おわりました、太陽がでなかったお蔭で汗だらけになることもなく、大変快適な一日でした、恒例の反省会を大和高田のお好み焼き屋で開きましたが、その雰囲気はご覧のとおりです。


次回のウォーキングは9月から始めます、8月下旬には発表しますからどうぞお出かけくださいBye



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