第1回コダイ・ウォーキングレポート


大阪府立弥生文化博物館・池上曽根遺跡及び近つ飛鳥博物館及び風土記の丘


1月18日、この日は曇り日よりでしたが雨にはあわず、ウォーキングならぬコダイ・ライディングとなりました、なぜなら二つの博物館の距離が遠すぎて歩いている時間がなかったためですが、和泉市の弥生文化博物館では全国を、近つ飛鳥博物館では大阪府下の出土品を見学することにより、時代と地域の比較認識が同時にでき、これから古代を歩くためには大変有意義な一日となりました。
このレポートでは、それらをつぶさに説明できるほどの知識も時間もありませんが、18日と20日に再び和泉市へ行って撮影した、興味深い数々の遺品から弥生時代の背景を楽しんでいただければ幸いです。
2月よりいよいよ古代を偲び現代の風物を楽しむウォーキングを始めます、どうぞ興味のある方は自由にご参加ください。 


















日本有数の池上曽根環濠集落遺跡は弥生文化博物館に隣接してあり、当時は海岸がすぐ近くだったと思われます
弥生時代とは

紀元前5世紀末から後3世紀半ばにあたる日本列島で大陸より北九州へ伝播した稲作を生活の中心とした最初の文化、石器から鉄器や青銅器が使われるようになり、徐々に階級が成立して国家誕生の前段階となりました。前代の縄文時代が食料採集を経済基盤とするのに対して、水稲農耕を主とする生産経済体制が本格的に成立した時代です。

当時の墓制は支石墓、墳丘墓、周溝墓などといった埋葬施設の外部区分と、甕棺墓、土壙墓、木棺墓、石棺墓などといった個々の埋葬施設本体の区分があり、いずれも半島より渡来した要素と縄文文化より受け継いだ要素から地域によって墓地の構成に様々な特色が見られるそうです。

この時代は既に、縄文時代とはうってかわって、集落・地域間の戦争が頻発した時代であったとされ、集落の周りに濠をめぐらせた環濠集落や、低地から100m以上の山頂部に集落を構える高地性集落などは、集落間の争いがあったことの証拠とされいます。
以後、部族間の優劣が決定されるようになり、豪族が各地に誕生し墳墓が大型化して、古墳時代へと移ってゆきます。

3世紀中葉には邪馬台国の女王(卑弥呼)が魏に朝貢し、倭の王であることを意味する「魏親倭王」の金印と銅鏡100枚を授けられました。

当時の暮らし (サムネイル・クリックで大画面・も一度クリックすれば超大画面)

卑弥呼の館・想像復元図
当時の田植えの様子
木製の農具
竪穴住居での一家団欒

環濠のあらまし

竪穴住居

共同の高床式倉

美しい彫刻

手前は大井戸






棺の数々



















弥生の生活と美術 




































                         創る人の楽しさがあふれていますね



















竪穴住居から出土しました                         現代陶芸との差は釉薬のみ?



















           目的別の銅鐸・右は鑑賞、左は実用                       金銅製飾履・靴を履いたまま沓(くつ)を履いた?




















  大陸からの輸入品・後漢時代(紀元1世紀頃)の銅鏡               これは倭人?それとも渡来人の作品?

そして戦い

                                    


















        兜と甲冑

      
  福岡県八女市の鶴見山古墳(6世紀中)出土の
         石製武人


倭国には各地方ごとに豪族を王とする社会が生まれて、地域間の争いも盛んになり、
大阪の河内に最も有力な豪族が生まれ、奈良地方の豪族を次々と従えてゆき、やがて大和朝廷ができていく過程は、平和裏に国譲りが行なわれるようなものではなかったでしょう、コダイ・ウォーキングでは回を進めるごとに、その辺りの状況をわかる範囲で書いてゆきたいと思っています。
社会が成熟するということは、現状を否定するものが現れて革新されてゆき、やがてその社会も崩壊してゆく…、現在社会の構成もいずれ崩れ去るものと思わなければなりませんが、超古代の原始社会に戻ってしまう可能性もあるのでしょうか。


                                 埴輪について

日本に特有の素焼の焼き物で古墳上に並べ立てられ、供え物にするとともに人の侵入を防ぐ目的もありました。
吉備(岡山県)を起源として近畿に広がり日本各地の古墳に分布しています。
大きく円筒埴輪(3世紀中〜後期)と形象埴輪(4世紀〜)の2種類に区分され、埴輪からは古墳時代当時の衣服・髪型・武具・農具・建築様式などの復元が可能であり、貴重な史料になっています。古墳につかった埴輪の数は大阪府の大仙古墳は30,000本、墳丘の長さが194メートルの兵庫県の五色塚古墳では2,200本の埴輪があったといわれます。
ここでは宮崎県新富町の新田原古墳群の百足塚古墳から出土したユニークな人物埴輪を中心にご覧いただきましょう。
(下の5枚はサムネイルです)

袈裟をつけた少女


杯をささげる小姐


帽子をかぶったBoy

可愛い小姐

二人の仲は?
 

そして大らかにしてユウモラス



































「子は国の宝」たくさん生んで、健やかに…ね

近つ飛鳥博物館と風土記の丘」
大阪府立近つ飛鳥博物館:第9回B.W.の際行きそびれたところです、畿内には朝鮮半島南部の百済、伽耶地域からきた多くの渡来人の足跡が残されています。
彼らは畿内の王権中枢部と深く関わるとともに、須恵器の製作や竈の使用など彼らによってもちこまれた新しい技術や文物は、古墳時代の人々の生活にも大きな影響を与えました。近年、畿内各所で渡来人に関わる遺跡の発掘があいついでいることからもそれらを伺い知ることができます。
大阪の北河内地域では、5〜6世紀の渡来人の大規模集落が見つかっており、当時日本にやってきた馬との密接な関わりのあることがわかりつつあります。

近つ飛鳥風土記の丘:日本を代表する群集墳・一須賀古墳群を保存し、貴重な文化財に触れ・学び・親しむ場として設置された史跡公園です。
29へクタールの園内には102基の6世紀後半を中心とした時代の直径15メートル前後の円墳(一部方墳もあります)がありそのうち40基を整備・公開・見学できるようになっています。

「近つ飛鳥」とは、近畿の交易の中心であった大阪湾に面する浪速より竹内街道を通って飛鳥に達する、近いほうの現在の太子町の辺りを「近」、遠い現在の明日香村辺りを「遠つ飛鳥」と呼んでいました。


権力の構図
下の画像は、5世紀前〜中葉に造られた、大阪府堺市にある大仙陵古墳(別名・仁徳天皇陵とされているが誰が被葬者かは不明)はエジプト・クフ王のピラミッド、中国・秦の始皇帝陵より大きく、世界三大陵墓の一つとなっていますが、大阪府羽曳野市にある誉田御廟山古墳(別名・応神天皇陵ここも年代的に応神天皇ではないそうです)との規模の比較ではどちらが大きいともいえないようです。

いずれにしてもその大きさは驚くべきもので、現状での規模は、墳長およそ486m。前方部は幅305m、高さ約33m。後円部は直径245m、高さ約35m。三重の濠の外周は2,718m、その内側の面積は464,124u(甲子園球場が12個分!)。
墳丘は3段からなり、測量図では墳丘の等高線に大きな乱れが観察され、地震などによる大規模な崩壊もしくは人為的破壊があったことが推測されています、 後円部の頂上部分は崩壊がひどく、もとは直径60〜70mの円形であったそうです。

これだけの墳墓を造り上げるには、2006年12月に見た修羅などを使って、毎日2000人が働いて16年かかる計算だそうですから、いかに大きな統制力を持った権力が働いていたかということになります。
このコダイ・ウォーキングでは弥生から古墳時代にかけての各地を巡りながら、権力の成り立ちを眺めてゆきたいと思っています。

大仙陵の完成当時の模型


風土記の丘



















      安藤忠雄による王陵を偲ばせる博物館                  風土記の丘は広くて迷いそうでした



石棺をおかれたB9号墳・屋根になる石は盗まれています



















  土も屋根石も石棺もすっからかんに盗掘された石室跡             こちらはきっちりと残っていました


お楽しみいただけたでしょうか?これで「第1回 コダイ・ウォーキング」を終わります。次回からは古代を訪ねるウォーキングとなります、次回は2月18日(日)を予定し、最も旧いとされ、卑弥呼の陵墓ともいわれている奈良県桜井市周辺の古代遺跡群と最も旧い神社とされるご神体が三輪山の大神(おおみわ)神社そして近辺にあるおいしい食べ物や珍しいものを探し歩きたいと思います。詳しいことは「風来坊主の広場」とこのHPに近々発表します、どうぞご自由にご参加くださいBye


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(参考文献:「倭の五王」藤間生大著 岩波新書 1970年・「奈良」直木孝次郎著 岩波新書 1971年・百科事典:マイペディア&ウイキペディア・その他ガイドブック) 
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使用カメラ:ニコンD200 レンズ:タムロン18〜200mm・シグマ17〜35mm・ニッコール18〜70mm&55mmマイクロ、 ミノルタ Dimaage7i レンズ 28〜200mm) いずれも無断での使用ご遠慮ください。