第155回 3月 コダイ・ウォーキング レポート

紀州最古の名刹と超古代・海の王者モササウルスの化石にあう


春らしい日がやってきました、昨年12月の「湖南のモミジを訪ねて」以来、コロナの影響で中止していましたウォーキングを再

開してみようと、プランを発表したところ6名もの参加となり、あわててレンタカーを大型ワゴンに変えてゆったりと旅を楽しんで

いただきました。

(今回は持って行ったカメラがうっかり調整不良で使えずに、やむなくスマホで撮った写真だけになりましたが、現在一眼レフ・ニコンD700に普段使っているタムロンズーム28〜300㎜以上に、レンズに自由度こそないものゝスマホの画質が良くて驚きました)。


道成寺


義淵僧正(643〜726年):元興寺にて唯識・法相を修め龍蓋寺=岡寺などを創建、弟子に玄昉・行基・良弁・道鏡など)が開山、国宝は本尊・木造観音立像と日光・月光菩薩像、その他本堂など重要文化財多数。能・歌舞伎・浄瑠璃などで有名な「安珍・清姫伝説」は平安時代より続く仏教説話。



道成寺境内



本尊・千手観音立像 国宝 奈良時代 (ウイキペディアよりコピー)


モササウルスと和歌山県立自然博物館(捕:泉州のモササウルス)


モササウルス類は海生爬虫類の一種で、約9800万年前に出現して以降、その強力な顎と鋭い歯を武器にまたたく間に海の王者の地位を手に入れました。その化石は世界中から発見されておりその繁栄ぶりがうかがえます。

モササウルスの化石は和歌山でも発見されています。有田川町から発見されたその化石は全体の約8割の骨格が保存されており、日本初の全身骨格復元が可能な標本として研究者の注目を集めています。
ここの博物館は、和歌山県に棲む水生動物の一大水族館であり、その充実した動物類には始めて見る珍しいものがたくさんあり、大人から子供まで楽しめるところになっています。

次に、日本のモササウルスは有田川町出土だけでなく、大阪府泉州でも出土して当時の高校生がこの海獣の頭部の構造を明らかにしてくれています、これはウォーキング会員の岸和田市在住のMさんに紹介していただきましょう。



和歌山県立自然博物館



モササウルの80%化石 頭部(左下)が完全でないのは残念です





モササウルスの復元模型 (トイザラスより)


大阪府泉州ののモササウルス(資料提供:コダイ・ウォーキング会員・川柳作家Mさん)

宮内和也さんとモササウルス 

日曜夕7時からTV「ダーウィンが来た」で「地上最強の恐竜モササウルス」を見ました「モササウルスの顎内関節の働き」を発表した、岸和田の宮内君のことを。再掲します

岸和田自然資料館のHPに「モササウルス」と「宮内和也さん」のことが一緒にある。恐竜好きの私、自然資料館を訪ねると、モササウルスの全身骨格が天井から迎えてくれた。モササウルスは白亜紀末期(約6,600万年前)世界中の海、泉州の海にも沢山いたようで貝塚市蕎原などから化石が発見され、部分骨格や歯など新発見も多くあったとか。 資料館では『「モササウルスの捕食法」宮内和也』の論文も展示されていた。

宮内和也さんは岸和田生まれ。飛翔館高校(現・近大泉州高校)1年生の時にモササウルス化石、下顎を見、捕食法について考える。モサの頭部の実物大模型を作り、その下顎の関節が特殊な動きをし、横へ広げることで得る大きな吸水力を使って摂食していた可能性を実験、検証し論文を発表。大阪府学生科学最優秀賞を2度、日本地質学会、日本学生科学賞など大きな賞をとられる。が惜しくも17歳で他界される。岸和田にこんな若い古代生物の研究家がいた…もっと早く知りたかったと悔やまれる。

(追補・現在では「顎の関節」の「動きと働き」は世界の定説に)   モサ泳ぐ海に今ごろ和也さん  (みつ江)



モササウルスの頭部・復元(岸和田自然資料館)


珍しい生き物


カミツキガメ:北・南米産 日本では印旛沼で繁殖・日本生態学会により侵略的外来種ワースト100に指定されている・食用になる



チンアナゴ ゆらゆらと上体を揺らしています


根来寺


1130年鳥羽上皇の勅願寺として高野山上に建立された伝法院が始まり、1242年金剛峯寺との争いで焼失、1272年今の地に根来寺として再建、室町時代末期の最盛期には、坊舎450軒、400万平方メートルもの一大宗教都市として、僧兵一万余名の軍事集団をなし、火縄銃による鉄砲隊もありました。
その後豊臣秀吉によって焼失や解体、徳川の時代になって1306年に再建されました。国宝・大塔(日本一の木造多宝塔)その他大門=仁王門をはじめ6棟が重要文化財、本尊は大日如来坐像と二尊が重文、境内や庭園が国の史跡名勝になっています。その境内は現在は商店や一般家庭が立ち並んでいますが大塔から大門まで1Km以上離れているなどその広さに、当時の盛況ぶりがうかがえます。



国宝・大塔と重文・大師堂



二層目の外の柱と一層目の内部の柱ををどうやったら継ぎ目なしで円形にできたのか、どなたか教えてください



下向きにぶら下がっている「寒緋桜(=カンヒさくら・緋寒桜・台湾桜・緋桜ともいう) 台湾・中国南部に分布



大寺にふさわしい堂々とした大門 1850年再建 16.88mH・17.63mW



ご参加の皆さん


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