第125(140)回 コダイ・ウォーキング レポート

猪名川下流域の古代を訪ねる


コダイ・ウォーキングは5月の笠置町を訪ねた以降、私的な都合で6月の北海道〜東北バイクツーリングによる腰椎・鎖骨の

骨折や大腸がん切除や肝臓がんの排除手術などによる体力低下などで、8月に六甲山にて納涼大会を開いていただいた以

外、長らく休止しておりましたが最近ようやく体調も良くなりましたのでウォーキングを再開できることとなりました。

この間、皆さんは独自のご計画によってご活躍のことはその都度、「風来坊主の広場」などでお知らせいただいていましたの

で、いまさらコダイ・ウォーキングを再開するほどのこともないと存じますが、もともと2・3人で始めたことですから、なるべく少

人数でも続けてゆきたいと思っています。

今月は去年の12月に行きました昆陽池周辺の続編で、遠く亀岡市外から流下する猪名川の下流域の縄文から弥生時代を訪

て歩き
ました。レポートを編集中に写真ファイルを手違いで消滅してしまい、今度はバイクで同じルートをたどって写しなおしてきました。


田能遺跡と資料館

1965年園田工業配水場の建設途中に弥生時代の土器類が発見され、当時は考古学に対する配慮もなくブルドーザーによる遺跡の破壊と建設がすすめられましたが、その途中に木棺墓や土器棺墓・方形周溝墓など17に及ぶ様々なお墓が発見され、中でも木棺の発見は全国でも初めてのことで、BC1000年頃からAC300年中頃まで続いた弥生時代全区間にわたる重要な遺跡として、保存運動が始まり最終的には1969年に国の史跡に指定され、70年には大量な出土物の保全と展示に資料館が建設されて今日に至っています。 




















田能資料館と遺跡

 

















弥生時代の住居復元


手前は壺棺墓で幼児用、後方は成人用の木棺墓

 
玉(翡翠・碧玉)作りの原産地

 
弥生時代に始まった機織り機・幅約30cmが限界でした









































左:麻製貫頭衣 右:弥生時代前期中期後期の土器類(最下段は播磨や紀州の土器)



伊丹市立博物館


ここは昨年12月のウォーキングの際、詳細に記録していますのでそのレポートをご覧ください。第118(133)回URL.
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昆陽寺

731(天平3)年に行基さんが貧民救済のため「昆陽施院」を創建、733年には聖武天皇の勅願寺となって伽藍が整備され、周辺を開墾して荘園化して発展しました。1579年には織田信長による戦災、1995年には阪神・淡路大震災により被災、以後再建や解体修理されました。現在は真言宗寺院、本堂(薬師堂)のご本尊は行基さん自らの作といわれる薬師如来、一般公開されていません。 



昆陽寺山門(再建:江戸時代中期)



山門より見る本堂と広い境内



















左:行基堂 右:観音堂



境内より見る山門(仁王像は県の指定となって収蔵、写真が貼ってありました)


以上で今年のウォーキングレポートは終わりです、来年は1月23日より始めます、では良いお年をお迎えくださいBye


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