115/130 6月 コダイ・ウォーキング レポート

福井県三方五湖に縄文時代を訪ねる

三方五湖は三方・水月・菅・久々・日向湖のそれぞれ違う塩分の湖が連なっており、魚類(特有の淡水魚ハス)コハクチョウ・オオワシなどの渡り鳥など大変自然豊かな湿地帯であり、若狭湾国定公園と国の名勝地に選ばれ、2005年にラムサール条約(湿地の保存に関する国際条約1971年に制定、2013年現在168ヶ国締結・湿地2165ヶ所))に登録されました。

若狭町の三方五湖の南岸に、縄文草創期から前期(12000~500
0年前)の貝塚のある鳥浜遺跡があり、ここからは集落遺跡・日本最古の丸木舟2隻・最古の漆の木の枝が発見され、元来中国から持ち込まれたと考えられていたのが自生の可能性も出てきました。これらの出土品はほとんどが水浸かりの状態でしたから保存状態がよく、若狭三方縄文博物館に展示されています。

これらの遺跡を見学ののち、三方五湖レインボ-ラインの有料道路を通って、若狭湾の風物を楽しみました。日帰りですから大阪駅前よりレンタカーを利用しましたが、梅雨のさなかとは言えない好天気に恵まれた一日でした。




鳥浜縄文遺跡


日本海側の漆製品出土(赤〇)と丸木舟出土(青〇)遺跡
  


奥の三方湖のむこう岸に鳥浜遺跡がある

若狭三方縄文博物館

2010年に開館した鳥浜貝塚とユリ遺跡(鳥浜の約500m西・縄文後期前半)の出土品を展示する博物館です、この両遺跡では全国有数の丸木舟が11艘出土しています。

鳥浜貝塚の縄文時代は自然の恵み豊かに一万年以上続きました。その後今から2500年前頃、大陸より稲作、金属文化が渡来し、農耕が始まり村が形成されてゆき弥生時代が始まり、勢力争いが始まり、首長たちの墳墓は方形周溝墓から始まって、大和政権の誕生があり古墳時代が始まってゆきます。

小浜市の北方に流れいる北川流域には若狭町上中を中心に上中古墳群があり、若狭・近江・大和へと続く最短路に位置し、交通の要衝となっていました。今回は日帰りのため若狭町歴史文化館と古墳群には行けませんでしたが、いづれ機会を見て再訪したいと思います。

なお、博物館のある処は大きな遊園地を造成中で、ちょっと見には何のシンボルかわからない造形がたくさんあります。
  


若狭三方縄文博物館入口と今回ご参加の皆さん(コンクリートの立柱はどうやら縄文杉を表しているようです)


縄文部落の再現



若狭町の低地の湿田には縄文前期~晩期の大木が埋没しており、写真の杉の木は縄文後期前半(6200~5700年前)
樹齢5~600年、幹直径1.5mあります。コンクリートの立柱は杉林を表しているそうです。


館内丸木舟のコーナー



埋没していた状況を復元



ユリ遺跡の丸木舟の復元船(縄文時代と同じ道具で作成)
 この丸木舟に乗って人々はどの辺りまで遠征したのでしょうか、
また他の部落の人々と会ったときに共通の言葉で会話できたのでしょうか、
写真の上の舟は平底船のようですから波高い沖へ出ることはできなかったでしょうが、丸木舟は構造船と違って、
絶対に沈みませんから下の舟は舷側が高く沿岸沿いに遠方へ行けたと考えられますね。



ユリ7号の出土船の船底(4~5Cm)と復元船

レインボーラインよりの景観




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