第98(113)回 11月 コダイ・ウォーキング レポート

丹波の三大紅葉を巡る


はや秋も深まり、いよいよ紅葉の季節、今年も恒例の紅葉狩りに行きました。今回は普通には日帰りでは行

けない兵庫県の奥・丹波市の紅葉で有名且つ由緒ある寺々と、今年2月に日本最大の丹波龍「チータン」の

化石のクリーニングを見に行った現場を巡ってきました。あいにく天気予報は雨でした、でも晴れ男・女に

は雨降りは縁がなく車で走っているときだけは雨、着いたら傘いらずでしたが、やっぱり紅葉にはお日様が

ほしいところでした


では曇天でも秋色の美を競う紅葉をゆっくりとご覧ください。



白毫寺の紅葉


高源寺


鎌倉時代創設の禅宗寺院、創設した遠谿祖雄禅師が中国杭州の天目山より持ち帰って植えたといわれる「天目カエデ」が特に有名で、この楓の葉っぱは小さくて可愛らしいものでした、大阪からは一番遠いのですが丹波のもみじといえば高源寺がよく知られています、しかし今回巡った三ヶ寺はいずれ劣らぬ紅葉を楽しめました。



広い境内です



仏殿(本堂・お釈迦様が祀られています)








































左:山門 右:色彩のオーケストラ



山寺はどこでも坂があって楽しめます



もうすぐ雪が来れば雪の降る音だけの世界


何か忘れ物をした気がしていましたが、このお寺の三重塔(多宝塔と呼ばれ経蔵になっている)を訪ねるのを忘れてしまいました。ところで昼食はお寺へ入る前に済ませました。


















どちらを見ても秋色いっぱい


白毫寺前で記念撮影


白毫寺


705年(文武天皇・藤原京時代)開創、山紫水明に恵まれた境内には紅葉とムクロジの黄葉が織りなす錦繍が心字の池に映えるさまは、心落ち着くお寺でした。


白毫寺縁起:
寺伝によれば、慶雲2年(705)法道仙人により開基された。本尊は天竺から伝えられたという薬師瑠璃光如来(秘仏)。 眉間の白毫から神々しく瑞光を放っていたので、「白毫寺」と名付けられた。

また、入唐求法から帰朝の際に白毫寺を訪れた慈覚大師円仁(後の第三世天台座主)は、周囲の山並みが唐の五台山に似ていることから山号を「五台山」と命名(後世に五大山と改称)し、持ち帰った密教法具を伝えた。円仁が“中興の祖”と呼ばれる由縁である。

法道仙人はインドの僧で、中国・五台山で修行の後に日本を訪れた。円仁もまた五台山で修行を重ねている。開祖も中興の祖も、共に五台山にゆかりがあるのは不思議な因縁と言うしかない。

鎌倉時代には七堂伽藍が建ち並び、南北朝時代に入って赤松貞範など地元領主の庇護のもと、九十三坊を擁する丹波屈指の名刹として隆盛を極めたが、天正時代に明智光秀の丹波攻略に伴う兵火で焼失。しかし、人々の厚い信仰に支えられて立派に再興し現在に至っている (インターネットによる百毫寺案内よりコピー)


薬師堂(かってはここに薬師瑠璃光如来・秘仏が祀られました、現在は宝蔵)



紅葉のうしろに不断桜(花期10月中旬〜4月上旬 ヤマザクラとオオシマザクラの交雑種、 原木は三重県鈴鹿市)


「一隅を照らす」日本天台宗を比叡山・延暦寺に開いた最澄(伝教大師・767-822)の著わした「山家学生式」の冒頭の言葉で、「一隅を照らす、これすなはち国宝なり・・・」と続きます。

「自分本位な勝手な生き方ではなく、自分のことは後にして他の人の為に尽くすことが大切なのです。これが一隅を照らす此れ即ち国宝なりなのです。」=(天台宗・願興寺(岐阜県・815年〜)小川丈甫住職の言葉より)



心字の池に架かる俗世と瑠璃光薬師の仏世界を結ぶ太鼓橋



ぐるりと藤の木



境内のどこを歩いても心に残るお寺でした


同名のお寺が奈良市の高円山のふもとにありますが、715年志貴皇子の没後(壬申の乱を経て、皇統が天武天皇系に移ったため、天智系皇族であったので皇位継承とは全く無縁で、政治よりも和歌などの文化の道に生きた人生でした、万葉集に六首あります)、その地を寺としたのに始まると伝えられ、鎌倉時代に再興されました、五色のツバキで有名です。

         「石ばしる 垂水の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかも」 志貴皇子


石龕寺(せきがんじ)


587年聖徳太子の創建、太子が深く帰依した毘沙門天を本尊にします、鎌倉〜室町時代に隆盛しましたが、織田信長の丹波攻めにより仁王門以外ことごとく焼失、江戸時代以降に再建されました。木造金剛力士像(1242年定慶作)は国の重要文化財、高さ37mの中国原産の杉「コウヨウザン」は県下随一。


仁王門(重文)への道









































仁王門の木造金剛力士像(1242年定慶作・重要文化財):2012年6月撮影



現在は真言宗のお寺らしくお大師さん(空海)が迎えてくださいます



古い歴史を感じる石仏さま



本堂へと上る



本堂(毘沙門堂)


ちーたんの里


三つのお寺をまわりましたが、丹波地方には紅葉で有名なところが全部で九ヶ寺もあります、そこへ新風を吹き込んだのが「ちーたん」、2006年に日本最大の恐竜の化石が発掘されたことです。
私たちは昨年2月に化石の発見地から少し離れたところの「ちーたんの館」で化石のクリーニングを見学しました。今回はその発掘現場を訪れる予定でしたが通り過ぎてしまい、「ちーたん」の公園に着いてしまいました。発掘は渇水期でないと実施できないので、この付近を1億年前にチタノサウルス形?をはじめとする恐竜たちが闊歩していたことを、現実に受け止めながら、日の暮れてしまった丹波路を後にしました。



川代渓谷の1億年以上前の堆積岩上(=泥岩層:小石・砂・泥の固まったもの)の発掘現場:2012年6月撮影



ちーたん公園の案内板



実物大のちーたん(=タンバティタニアス・アミキテイアエ



ちーたんの故郷、左の山すそが篠山川、400m向こうの川代渓谷の岩場が化石の発見現場


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