鳥取・島根県の地震被害に心よりお見舞い申し上げます、一日も早い復旧をお祈りしております。


第97(112)回 10月 New コダイ・ウォーキング レポート


中秋の飛鳥川上流を探る


田んぼでは稲刈りが始まり柿が色づき、青空高く水清く、飛鳥川の秋色は遠いいにしえを思うには最も優れた地だと思います。この地では遠い過去には中大兄皇子(天智天皇)と藤原鎌足の謀議、蘇我氏の滅亡による大化の改新、壬申乱といろんなことが起こっています。今回は飛鳥上流に沿って、これらの歴史を振り返ってみたいと思います。



明日香村稲淵部落の棚田の稲刈り

飛鳥川とは:奈良県高市郡明日香村栢森(かやのもり)のウエダを起点とし、明日香村栢森・稲淵(いなぶち)の谷あいを北に流れ、祝戸(いわいど)で平地に出て奈良盆地の南部を北西流して、川西町保田で大和川左岸に注ぐ全長24Kmの一級河川。栢森を南行して芋ヶ峠を越えてゆく道が伊勢へと辿る古道です。



飛鳥川にかかる男綱


男綱・女綱は勧請縄といい、かっては日本のあちこちで見ることができ、私たちも以前のウォーキングで出会っていますが、どこだったか思い出せません。勧請縄は五穀豊穣・子孫繁栄を守るため、飛鳥川を伝って悪霊が入りこまないようにする綱掛神事です。なお女綱はさらに上流にあります。












































左:飛鳥古道 右:コンクリート橋で昼餉

石舞台の南東を祝戸の方へ右折して飛鳥川沿いの道を行くと稲淵の部落に着きます、ここは飛鳥川の上流域で棚田があり日本棚田百選にも選ばれています。

飛鳥川へと下るとコンクリート橋の上流に川を横切る飛び石があります、これは古代から飛鳥川を渡って稲淵へ入る道であり、この飛び石を中大兄皇子(のちの天智天皇)と藤原鎌足らが渉ったことは明らかです。

なぜなら、そこには南淵請安先生の塾があったからです、古代政治史の大事件「大化の改新」を断行する前に、改革の教えを請うために、この飛び石を何度も渉ったことでしょう。




















この神社の裏に請安先生の墓があります





南渕請安先生とは飛鳥時代の学問僧、南淵漢人(みなみぶちのあやひと)と称される渡来系の氏族の知識人。608年、遣隋使小野妹子に従い8人の留学生の一人として隋へ留学、32年間、隋の滅亡から唐の建国の過程を見聞して、640年に帰国、隋・唐の進んだ学問知識を日本に伝えました。
(この項、特別番外編「明日香慕情」2007/11より抜粋)









飛鳥川の清流


宇須多伎比売命神社

さらに上流へと進むと道路の左手に大きな石柱と200段の石段が現れます。敏達天皇(皇后はのちの推古天皇)と広姫の間に生まれた寶女王は二度即位しています、最初は皇極天皇として、二度目は斉明天皇として。もともとは舒明天皇の皇后でしたが、夫の没後、その後を襲って皇極天皇として即位したのが最初の即位。大化改新の勃発により孝徳天皇に譲位しましたが、孝徳帝の没後、斉明天皇となったのが二度目です。

 『日本書紀』の記事によれば斉明女帝は大規模な土木工事を好み、香具山の西から運河を掘らせて工事に必要な石材を現在の天理市の石上山から運ばせ、過酷な労働に人々から恨まれたそうです。迎えた晩年は唐・新羅に攻められた百済のため、自ら軍勢を率いて救援に向かいその途中、遠征先の北九州で急死。在位中は内外に強烈な存在感を示し、神功皇后伝説のモデルになったとも言われます。

皇極帝は斉明天皇と同一人物とは思えないほど『日本書紀』から伝わってくる個性は弱く、当時、政治の実権は蘇我氏が完全に握っていたので、その陰に隠れてしまったのでしょうか、その中において642年(皇極元年)に行われた雨乞いの儀式の記事だけが印象的です。

それによると、この年の67月に全国的な旱魃があり、民間や仏教による雨乞いも効果がなかったのですが、8月1日に天皇が「南淵の河上」に行幸して、四方を拝して天を仰いで祈雨すると、雷鳴とともに大雨が降り出し、それが5日続いたので天下が潤い、当時の百姓は万歳を唱え、皇極を「至徳まします天皇」と讃えたといいます。

この雨乞いの場所が、「宇須多伎比売命神社」であり、境内には拝殿しかなくて、遥拝するのは背後の山の尾根をご神体として祀る原始的な信仰形態の神社です。








































飛鳥の古いお社(この2枚はHさんよりお借りしました)


石段を登って着いたところは暑い日中に別天地!
飛鳥川上津瀬の臼瀧(流れが渦のようになる所)という地形に鎮座、飛鳥川は神奈備川(神様のいます川)でありその女神である、臼は女性の象徴。

    かはづ鳴く神奈備川(かむなびかは)に影見えて今や咲くらむ山吹の花  厚見王 万葉集・新古今集



ヤマト・日本のふるさと  遠つ飛鳥の象徴・石舞台の巨岩(今回の発着点)と遠くの山は近つ飛鳥の象徴・二上山


近況:8月下旬に雨のレンガ道で両手に荷物を持ったままスリップして腰骨から着地し、それでなくても若い時からの重労働と長い期間の登山で、不揃いになった腰椎の一部が欠けてしまって、日々の起き伏しがままならない状態で、皆さんにはご迷惑をかけましたが、何とか歩きとおしました。でも体に気を使ったせいでカメラがおろそかになってしまい、今回はところどころ不足な部分がありますが、ご辛抱ください。

なお、10月14〜22日まで肝臓がんで10回目の入院をしましたが、結果は過去7回目くらいから変化がなく、血液検査も良好で
したので、大きな変化がない限り入院はしなくてもいいことになりました。またその間に整形外科と骨の専門医にも検査を受け、日にち薬でよくなるのを見てみようということで、ガンが転移しているようなこともなく、日々状態も良くなってきていますので、ご心配をおかけしましたが一段落で、またウォーキングを十分に楽しめることと思います。


11月のウォーキングは恒例の紅葉を楽しみます、兵庫県の北部にある紅葉三名所などをマイクロバスを使ってゆく予定です、プランはすぐに発表しますので、たくさんの参加をお待ちしております。
12月は18日(日)にウォーキングと忘年会を開く予定です。


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