第83(98)回 4月 Newコダイ・ウォーキング レポート

春の淡路島を楽しむ

いよいよ春ですね、春は花、鳴門のうずしお、新しい人生の始まりのようなときめきの春、さあ行きましょうどこへでも!と考えて淡路島へ行くことにしました。

この島からは旧石器時代からの石器類が発見されるものの古代に関する調査は貧困で、開発ばかりが進んで貴重な古代は失われてしまいました。のちに述べる偶然発見された五斗長垣内(ごっさかいと)遺跡からは、弥生時代に大和王朝以前の邪馬台国時代(?)の鉄器の生産が始まったところです。まずは鉄器生産の現場を見て、鳴門の渦潮を見て、花々を見て春を満喫しましょう。

淡路島は古事記や日本書紀の国生みの神話で知られる古くから栄えたところ、長く平安時代まで「御食国(みけつくに)」として海産物を皇居に収めるところでした。江戸時代までは阿波の徳島藩に属していましたが、明治になって兵庫県に組み入れられました。

明石海峡・紀淡海峡・鳴門海峡で隔てられたこの島は、気候温暖で現在では水仙・菜の花・チューリップ・桜などなど・花々と鳴門海峡の瀬戸内海と太平洋側の潮位差による急な潮流で知られる「鳴門の渦潮」が観光資源となっており、春は淡路島を思い浮かべることが多いのではないでしょうか。私たちはレンタカーを借りて淡路島の春を満喫しました。


五斗長垣内(ごっさかいと)遺跡

この遺跡は淡路島の北部、神戸鳴門自動車道の北淡ICより南東に登った山中にあります。1995年(平成7年)1月17日に起こった淡路神戸大震災はまだ記憶も新しいところですが、その10年後新潟中越地震そして兵庫県出石町に大被害をもたらした台風23号が発生しました。

この台風23号により淡路島も被害を受けていますが、五斗長地区(瀬戸内海東端・播磨灘海岸より3km、標高200m)にそれまであった棚田ががけ崩れで元の斜面になってしまい、そこから鉄器が発見されたのを機会に淡路市教育委員会が調査をしたところ、23棟の竪穴建物跡や炉跡のある建物12棟が、多くの鉄製品と石製工具類とともに発掘され、この地区で鍛冶作業(鉄器の生産)が弥生後期初頭より後期までの百数十年間生産されていたことがわかりました。

当時はまだ鉄素材を国内で生産できなかったので、原料の鉄素材は中国・朝鮮に依存していましたから、台風23号は古代のヤマトにおける鉄文化が発展してゆく重要な発見をもたらしました。



五斗長垣内遺跡 元は棚田でしたが2005年台風23号によりがけ崩れがして鉄工房が発見されました、
現在2年かけて遺跡公園化のため工事中です



手前の芝が丸いところが直径10.5mの最大の建物跡(埋め戻されています)、右上が復元された竪穴建物



復元された竪穴建物 中心部に炉跡があります




淡路市教育委員会のKさんから説明を受ける

鳴門の渦潮

うずしおの画像はご自分のパソコンのモニターが大きければ150〜200%(幅45cmモニターで150%)に拡大してごらんください、迫力があります。

















鳴門公園から観潮船に乗りました










淡路島側から出る咸臨丸


淡路島 国営明石海峡公園


2015年3月21日〜5月31日まで開かれた淡路花の万博の跡地はそっくり明石海峡公園となり、ここを楽しむためには丸一日あった方がいいでしょう、この中には兵庫県立夢舞台温室「奇跡の星の植物園」もあります、私たちは時間都合でチューリップアイランドの一部と植物園に行きました。





奇跡の星の植物館ここでは珍しい花をちょっとご紹介します





パフィオペアディルムデレナティ ベトナム


ポリスタキア プベスケンス 南アフリカ、スワジランド



デンドロビゥム ロディゲシー 中国雲南省



イオノプス ウトリクラリオイデム 西インド諸島・メキシコ〜ペルー



キリタ フィンブリセパラ(武漢大輪・イワギリソウ) 中国



少人数でしたからインド料理を楽しみました


長くなりましたのでこれで終わります、6月13日(土)は10周年・100回記念ウォーキングと祝賀会を橿原神宮前駅付近で行います、万障お繰り合わせの上ご参加ください。


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