第69(84)回 11月 Newコダイ・ウォーキング レポート


紅葉の鶏足寺と湖北の寺々


今月は恒例のモミジを楽しむウォーキングですが、高速道路の北陸道「木之本IC」を中心とする湖北地方には素晴らしい

観音さまと薬師さまがたくさんいらっしゃって、私は幾度か訪れていましたが、いづれ皆さんとご一緒したいと思いつつ遠隔

地ゆえ、どれひとつ拝観しないで帰ることはできませんので、京都でマイクロバスを借りてドライヴィング&ウォーキングと

なりました。

紅葉の時期を選ぶのは春の桜同様むつかしく、やきもきしながら出かけた湖北はちょうど見頃で、好天の下楽しい一日に

なりました。このホームページでもその紅葉と仏さま方をお楽しみください。


鷄足寺

己高山(こだかみやま923m)の山中に、五大寺を持つ寺院群でしたが、元々は行基と泰澄(白山を開いた修行僧で渡岸寺の観音像を彫った)が開きました、天台系山岳宗教の聖地でしたが現在は真言宗系のお寺です。

その一つ飯福寺は平安時代には僧兵を持つ大寺でしたが、1933年(昭8)全焼後廃寺となり、仏様方は村の人々によって己高閣・世代(よしろ)閣に保存されています、十一面観音・薬師如来・魚籃観音はとくに有名です。

有名な鷄足寺の山道から新築の本堂へは、皆さんいらっしゃいましたが、私は車を回送したり忙しくて、行く時間がありませんでしたので、画像は入口部分だけです。



The Momiji  (奥は当地の鎮守社・輿志漏神社境内)



どっちがカラフル?鷄足寺への参道入口


渡岸寺(どうがんじ)

天平8年(736年)、都に疱瘡が流行したので、聖武天皇は十一面観世音を彫らせ、光眼寺を建立し息災延命、万民豊楽の祈祷を行い憂いは絶たれました。その後病除けの霊験あらたかな観音像として信仰されるようになり、790年、最澄が勅を奉じて七堂伽藍を建立しました。

その後、織田・浅井の戦火に堂塔をことごとく失いましたが、住職や村人が諸仏を土中に埋めて隠して難を逃れました、光眼寺は浄土真宗に転宗して向眼寺を建てて、諸仏は秘仏としてまもられてきました。

明治21年に宮内省全国宝物調査局によって、日本屈指の霊像と賞賛され、明治30年特別国宝に指定され、向眼寺・信徒が発起人となって郡民、そして近畿一円に渉る浄財をもって、平安時代建築そのままに本堂が建立されました。その後1943年9月に観音堂が改築され、1943年には慈雲閣として収蔵庫が建てられました。。

十一面観世音像(国宝)は最も美しい観音像として有名ですが、地域の人々が1200年以上にわたって守り続けてこられた観音様も、今では拝む対象でなく単なる美術品として収蔵庫にしまわれる現状を思うとき、複雑な感情が湧いてきて美術館でも収蔵庫でも思わず手を合わせてしまいます。 (写真はいずれも渡岸寺の画集よりコピー)


国宝・十一面観音







































 

上半身と後ろ姿 



                       
                   
   





  


渡岸寺境内と本堂、左に収蔵庫(慈雲閣)があります(写・風来坊主)



観音さまが埋められていた場所を記念して


石道寺(しゃくどうじ)

この寺も己高山関連の寺院の一つで元は1kmほど東の山中にありましたが、1914年(大3)に現在地へ改築され、石道観音堂と一緒に新石道寺となり、地区の人々により管理されています。
平安後期の重文・十一面観音が素晴らしいです。(石道寺の写真よりコピー)



いしみちの観音さま



新石道寺本堂(写・風来坊主)


鷄足寺の収蔵庫「己高閣」と戸岩寺の「世代閣」


己高閣:当地の鎮守社・輿志漏神社境内に建てられ、1963年に己高山諸寺に祀られていた本尊・十一面観音、薬師などを収蔵しています。(写真:鷄足寺絵葉書よりコピー)



十一面観音(平安初期・重文)・己高閣


世代閣:奈良時代以降、上記神社と世代山・戸岩寺は特別な関係をもって尊崇されてきましたので、兵乱などから守り続けた村人が当地の石器時代以降の文化財と戸岩寺の寺宝を保存の為、1989年(平成元年)本尊・薬師如来をはじめ縄文時代の出土品、仏像仏画物などを収納しています。







































                             

戸岩寺本尊・薬師如来(奈良時代・重文)                 魚籃観音(平安初期・滋賀県指定)



美しい十二神将(奈良時代・内三体が重文)


西野薬師堂

開基などは不明ですが、天台宗の泉明寺というお寺で、伝教太師最澄が薬師如来と十一面観音、薬師如来を守護する十二神将を刻み、この寺に納めたと言われて、中興は782〜785年ということが伝わっています。

4時までの開館に村の管理人さんに電話して、危うく入れてもらってラッキーでした。

なお、左下の薬師さまは両手首より先は江戸時代の補修らしく、この腕のありようは阿弥陀如来のようですが、村の人々は薬師さまと語り続けてこられたそうです。

私はどっちの仏様さまでも、関係なく素晴らしい尊像と思っています。(写真:薬師堂の写真よりコピー)

































 




 伝薬師如来(平安中期.・重文)                       十一面観音(平安初期・重文)




















       可愛らしいお堂に素晴らしい仏さま                        
       さあ一路京都・反省会へ!ヤレヤレ                                

               



渡岸寺にて


これで今年の桜と紅葉の旅は終わりました、いづれもタイミングよく美しい思い出がつくれました、予報が雨で

もなぜかこの会は雨にあったことが、この8年間でわずか2度ですから、よほど晴れ男と女の集うところなんで

しょう。

さて12月22日(日)は広場でお伝えしたとおり、京都・山崎のアサヒビール美術館と「発掘された日本列島

2013」(高槻・今城塚古代歴史館)、そうして忘年会です。揃ってお出かけくださいBye


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