風来坊主のおおさか物語−2
           


「古代大阪を駆け足で見る」


約2万年前(旧石器時代)
地球は氷河期のために海水面が下がり、瀬戸内海も大阪湾も陸地となり、北海道とロシア大陸が地続きであったため、大阪の地もナウマン象や大角鹿がのし歩き、人々は石器を使って狩猟や採集生活をしていました。

紀元前7000年前(縄文時代
気温が上り大阪湾にも海水が上昇、上町台地は半島のようになって東側の海は波穏やかな自然条件に恵まれ、今の森之宮辺りは縄文中期(約5000年前)・弥生・古墳時代にわたって人が多く住み、西日本有数の貝塚が発見されています、これが最初の「大阪人」と言えるでしょう。

弥生時代(紀元前3世紀〜3世紀)
河内湾は淡水化し湖へと姿を変え、稲作の伝播によって狩猟・採集から農耕民族化し定着して行きます、上町台地東側の港を利用した交易が九州地方更には大陸へと広がりました。239年に邪馬台国の女王卑弥呼は中国の魏に使者を送り親魏倭王の称号と金印を授かった(三国志・魏志倭人伝)のが国家としての始まりでしょう。

古墳時代(3世紀末〜6世紀末)
中国大陸や朝鮮半島との交流が深まり、難波津は古代日本の玄関口として道路や堀そして巨大な校倉つくりの倉庫群が建ち並び、渡来人による文化・技術が日本各地に広まり、仁徳天皇陵を初めとする王権・豪族の象徴たる巨大古墳が近畿を中心に出現して、大阪は交易・商業の拠点として重要な役割を担ってゆきます。

これから先は「古事記」「日本書紀」などに著される、皆さん良くご存知の奈良・飛鳥の有史時代に入ってゆきます。古代というのは何か漠然としていながら、想像するだけで自分がその当時に生きていたように思えますね。
                        (大阪市のホームページのプロフィールを参考にしました)



 大阪市淀屋橋界隈 




      工事中






大阪市役所(1986年竣工)       日本銀行大阪支店(1903年)     大阪府立図書館(1904年)        中央公会堂(1918年)


「大阪市立東洋陶磁美術館」



大阪の中心部、淀屋橋に広がる堂島川と土佐堀川にはさまれた緑の中之島公園に大阪市立東洋陶磁美術館はあります。

この美術館は、世界的に有名な「安宅コレクション」を住友グループから寄贈されたことを記念して設立されたもので1982年に開館しました。

館蔵品は、「安宅コレクション」の中国陶磁・朝鮮陶磁を中心に現在約1300点に及び、この中には2点の国宝と13点の重要文化財が含まれ、東洋陶磁として世界第一級の質を誇っています。

また1999年に、韓国陶磁の第一級コレクターである李秉昌(東北大経済学)博士より韓国の文化遺産発揚の場として、韓国陶磁301件、中国陶磁50件などの寄贈を受けて、李秉昌コレクション韓国陶磁室を開設し、世界的な陶磁を鑑賞することができます。

私はここを度々訪れますので、私好みの陶磁を数点、時々作品を入れ替えながらご覧いただきます。


重要美術品 青磁陰刻 連花文 三耳壷 12世紀前半 高麗時代


青磁象嵌 雲鶴文 碗 12世紀中 高麗時代



国宝 飛青磁 花生 浙江省龍泉窯 元時代 13〜14世紀



粉青鉄絵 魚文 俵壷 15〜16世紀 朝鮮時代



青磁陰刻 筍形水注 12世紀中 高麗時代



素三彩 龍文壷 景徳鎮窯 1600年前後 明時代



三彩壷 日本 700年代 奈良時代



粉青象嵌 鳥魚文瓶 15世紀前半 朝鮮時代 李秉昌コレクション

ご参考:
「象嵌=ぞうがん」とは粘土が乾ききらないうちに文様を彫り込み、そこに白土や赤土を埋め込む技法、一旦素焼きし青磁釉をかけて焼き上げると白や黒の美しい文様が浮かび上ります。


「粉青」は釉(うわぐすり)の下に白泥による化粧掛けをして、そこに様々な手法で文様を表して、高麗青磁と一線をかくしましたが、16世紀中頃より白磁に吸収されてゆきました。         (館内解説書より抜粋)


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