特別番外編 New コダイ・ウォーキング レポート

 
第2回 東北に縄文文化を訪ねる


縄文時代に魅せられてあちこち歩きましたが、縄文時代といえば東北と言えるほどにその生活文化が高いことを知ったのは、大阪歴史博物館で2007年2月に開かれた「あおもり縄文まほろば」展でした。

2010年3月に3泊4日で青森県の西は日本海に面するつがる市の亀ケ岡文化、青森市の三内丸山文化、太平洋側・八戸の是川文化などを訪ねてきました、この時は猛吹雪や深い積雪に東北を体で感じつつ、縄文時代を満喫しましたが、みちのくへの思いもだし難く再び出かけることにしました。

今回は岩手県盛岡市と一戸の御所野縄文遺跡、青森県の県立郷土館と再び三内丸山遺跡、そしてアラカルトとして青森県五所川原市の立佞武多(たちねぶた)の館と津軽三味線誕生の地・金木町の津軽三味線会館へ行きました。

津軽平野は見渡す限りの雪で春まだ遠い印象でしたが、盛岡や青森市内そして三内丸山遺跡の道路は除雪してあり、ポカポカ陽気に冬を忘れて歩き回りました。
縄文文化を知るうえでは、北海道の南部と秋田県を欠くことはできませんが、これらは次回の旅の楽しみとなりました。
ここからは、それぞれ独立したHPにしてあります、下のa〜eをクリックしてお楽しみください

         1:岩手県   a  岩手県立博物館     b  御所野縄文遺跡
         2:青森県   c  県立郷土館       d  三内丸山遺跡
     
    3:おまけ   e  金木の三味線会館・五所川原の立佞武多の館・他  

                        

「東北における縄文文化と歴史をたどる」 
                 (1993年(株)文化科学研究所が実施した東北文化及び歴史の調査研究報告書より抜粋)

1:草創期(晩期旧石器時代・10000から12000年前)
縄文文化の黎明期、北海道を除く日本列島で土器の使用が始まり、一部地域で初源的な竪穴住居が作られ、定住生活が形成し始めた。
2013年4月11日の朝日新聞では「15000年前の土器で魚を煮炊きした痕跡を、英国のヨーク大学や新潟県立歴史博物館などの研究チームが、日本国内各地の遺跡から集めて分析した結果わかり、世界最古級の土器の使い方の初の発見」と載っていましたから、歴史はどんどん後返りして行くようです。

2:早期(7000〜10000年前)
竪穴住居が確立して初期的集落が形成、土器形式は関東地方・撚糸土器、近畿中部地方に押し型文様式、九州南部と北海道東部でも地域的特色のある土器様式が成立。東北地方はやや遅れて早期中葉に押し型文に次いで貝殻沈潜文土器となり、きわめて密度の高い縄文社会が確立した。

3:中期(3500〜4500年前)
縄文文化の爛熟期で東日本全体で発達、記憶に新しいのは新潟県信濃川沿岸の火炎土器文化が花開く。

4:後期(3000〜3500年前)
この時期気候が冷涼化の兆しを見せ、縄文海進の海水面が次第に低下、東日本の海山の生産力も人口増加によって限界に近づき、縄文文化は停滞期に入る。

5:晩期(3000〜2400年前)
関東地方以西で急速な人口減少が進む中で、東北地方では厳しい自然条件を克服して、亀ヶ岡土器様式の文化が創造され、東北地方に結実した縄文文化8000年の終着点となった。これ以降稲作を受け入れ弥生社会を形成してゆく。

存分に東北の縄文文化をお楽しみいただけたでしょうか?基本的に共同生産社会を形成し、合議制による上下の隔てない社会、自然と共生した社会とはどんなものだったのか、想像することすらできない素朴な人々の営みの中の、豊かな情感を知るうえで欠かせないのは縄文土器の芸術的表現であり、生活用品における高度な技術の数々は現在の日本文化の基盤として、今も生きているのですね。
 

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