東北 がんばろう

第60(75)回 12月の New コダイ・ウォーキング レポート


泉州に見る古美術と八ヶ岳山麓の縄文世界
付:発掘された日本列島2012


泉州にある大阪府立弥生文化博物館で開催中の「縄文の世界像・八ヶ岳山麓の恵み」展は、縄文文化が世界的にもユニークな発達をとげ、青森県を中心とする東日本文化はすでにご紹介しましたが、今回八ヶ岳山麓では長野県・山梨県の尖石・井戸尻・金生遺跡など6遺跡が発掘されています、(茅野市・尖石遺跡からは11月にミホミュージアムで見た国宝土偶「縄文のヴィーナス」が出たことでも有名)、その八ヶ岳山麓の縄文時代をご紹介します。

大阪府和泉市に久保惣美術館は、かって綿織物業を営んだ久保家が収集してきた古美術品を、建物・敷地・基金などすべて和泉市に寄贈した美術館(1982年開館)です、洋の東西を問わず国宝2点、重要文化財28点を含む11000点に及ぶ古美術で知られており、30周年を記念して全国の美術館の協力によって「東洋美術の名品」展が開催されました。

今回はあまり歩かないウォーキングとなりましたが、二つのイベントをまわって古代と美術を楽しむことができました。ここでは例年ウォーキングで行っています「発掘された日本列島2012」が大阪府・堺市博物館で開かれていますので、これは個人的に行きました記録も交えて、今月のレポートにしたいと思います。


「縄文の世界像・八ヶ岳山麓の恵み」大阪府立弥生文化博物館


霧ヶ峰・諏訪湖(標高798m)の南方、八ヶ岳と南アルプスのあいだの中部高地には、紀元前4000年頃の縄文時代には最も繁栄した多くの集落があり、狩猟・採集と一部栽培の生活を送り多彩な土器制作技術を持っていました。
土器は4500年前頃・縄文中期に人面把手付土器の出現を初めとして、3000年前頃より弥生時代へと移ってゆきます。あいにく滋賀県のミホミュージアムに主要な土器が集められた結果、規模こそ小さな展示でしたが、八ヶ岳山麓の文化として、その概要を十分に伝えてくれました。
ここには博物館で買った図録のコピーでご紹介しましょう、新潟の火焔土器青森の縄文文化とまた違った独自性をお確かめください。


中部高地の縄文時代集落群


中部高地における竪穴住居数の変

グラフの示す通り大発展をとげた縄文社会は、後期に入るとここだけでなく東日本全般で人口が減り遺跡数が急減し、とって代わって石を大量に使った住居や遺構(環状列石・ストーンサークル)が出現します。この激変は気候の寒冷化といわれていますが科学的には謎のままのようです。(参考:図録・第4章 激変)


山梨県梅之木遺跡村の様子(青い丸印が竪穴住居


土器製品を見ましょう



人面把手付土器:向原遺跡・中期中葉・高さ25.2p

この地方の土器の文様には、幾何学的・人・蛇・蛙・サンショウウオなどがあります、岡本太郎氏のデザインの根源といわれるのもうなずけますね。



土偶装飾付有孔鍔付土器:諏訪原遺跡・中期中葉・50pH



蛇体頭髪土偶:重文・藤内遺跡・中期中葉・12pH



双眼土器:曽利遺跡・中期中葉・40.2pH



水煙文土器:目切遺跡・中期後葉・32pH


縄文人が何を食べていたかということは、人骨の炭素・窒素安定同位体分析でわかるそうで、鹿・猪・栗・どんぐり・山芋が主体で、エゴマの種を入れて風味を豊かにしていました。栗は栗林が半栽培といえる段階であったことがDNA分析でわかっているそうです。またすでに農耕栽培が始まっていたという学説もあります。

彼らが普段に使う土器類をこのように装飾性豊かに楽しんでいたことを知るにつけ、なんと豊かな共同時代であったのかと、現代の何でも有りながら人々が競争社会で争っていることの無
用性を痛感します。



「発掘された日本列島2012」大阪府・堺市博物館

毎年8000件近い発掘調査が行われる中から今年は580点が展示されています。また「東日本大震災における文化財保護のとりくみ」というテーマ展示もありました。大震災による被害は国宝5建・重文138件+22点全部合わせて744件に及んだそうです、これら流出・破壊された物品の再収集と修復には発掘調査以上の困難を極めてます、一例をあげると水損した資料で紙に記録されたものは、奈良中央卸売市場の冷凍倉庫に搬入、奈良文化財研究所で真空凍結乾燥処置され、ボランティアによってクリーニング作業が行われました。復興に伴って高台への建設が進められる中で新たな発掘調査も始められています。

ここでは2012年発掘された古代遺跡から代表的なものを数点ご紹介します、会場での撮影条件は良好といえませんが、自分で写したものは図録のコピーと違って、その作業は楽しいものです。


2012発掘調査出品遺跡

図録よりコピー



犬型埴輪:佐賀県仁田埴輪窯跡・古墳時代中期・25.5pH



イノシシ型土製品:千葉県上宮田台遺跡・縄文晩期中葉・約2600年前・19.1pH



赤色漆塗土器の数々:秋田県北秋田市・漆下遺跡・縄文後期・この遺跡から製作工程を示す遺物が出土



田下駄の数々:左、中=大足・秋田県男鹿市小谷地遺跡・52.5pL 右=五城目町・中谷内遺跡・30pL



人面付壺型土器:茨城県常陸大宮市・泉坂下遺跡・弥生中期(約2200年前)・77.7pH



村長さんかな?



奈良時代に税金として収められた須恵器 和銅6年(713年)

各地における時代区分と主なできごと

図録よりコピー


久保惣美術館


美術館入口



宮本武蔵「枯木鳴鵙図」(重文)
(和泉市久保惣記念美術館HPよりコピー)


この美術館にはなんでもありですがテーマはありません、それでも特筆すべきは1478年ローマで発刊されたのを初めとする15〜17世紀にかけてヨーロッパで発行された世界地図がたくさん収集展示されていることでしょう、その大型の図鑑は一見に値します、また宮本武蔵の描いた当館所蔵の「枯木鳴鵙図」(重文)と福岡市立美術館から来た布袋観闘鶏図(重文)」の2点は剣豪の晩年の心を感じさせてくれる素晴らしい作品です、前漢時代からの中国の青銅鏡類も素晴らしい収集と言えるでしょう。古美術に興味のある方は必見の美術館です、是非ご自分の目でお楽しみください。

長くなった12月のウォーキングレポートを終わります、今年は一人も病気、怪我をせず元気にウォーキングを楽しみました。健康にはくれぐれも留意されて、来年もお元気でご参加くださいBye


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