東北 がんばろう


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第53(68)回 3月の コダイ・ウォーキング レポート

泉州路の古代を訪ねる


和泉国が河内国から独立したのは天平時代757年でした。大阪府より和歌山県へと近畿半島西岸に三国岳885mを最高峰とする和泉山脈が広大な山地を形成していますが、その西岸沿いに古代より人々が住んでいました。
現在は南海電鉄とJR阪和線の沿線地域は大阪では珍しくのんびりとした雰囲気の下で、豊かな人々が暮らしています。3月は岸和田のだんじり祭りやNHKの「カーネーション」で名高い泉州路を訪ねました。

はじめは3月18日に8名の参加予定でしたが、私の都合で12日に変更しましたので、参加できなかった人にお詫びいたします。


熊野街道沿いに


熊野街道は別名・紀州街道といわれ、かっては熊野三山詣として本宮・新宮・那智の神社を詣でる旅がありました。始まりは日本書紀にも登場する那智の滝を目指す自然崇拝の地であり、公式には907年に宇多法皇の熊野行幸が最初で、参詣が頻繁に行われるようになったのは、1090年の白河上皇の9回にわたる行幸からと言われ、平安京の貴族の間で流行し、その後、後白河上皇は33回もの熊野詣でを行っています。
熊野古道は大阪の基点であった淀川河口の渡辺津から熊野三山までに100近くの熊野権現を祭祀した九十九王子があったのですが現存するのは少なくなったいます。
この地域は雨が多いために古道には石畳が敷かれており、2004年には世界遺産になったことは誰しもご存じでしょう。




江戸時代の信達宿本陣跡



熊野詣の厩戸王子跡(熊野九十九王子の一つで大阪天満橋から19番目)


海会寺(かいえじ)跡と泉南市古代史博物館


海会寺の存在は昭和の初めから知られていましたが、1976年より86年までの調査で初めてその規模が確認され法隆寺式伽藍配置で五重塔・金堂・講堂・回廊などがある立派なお寺でした。
建て始められたのは飛鳥時代650年頃で、寺の東側の集落には豪族の居館も建てられましたが、800年代には集落もろとも火事で焼失して、忘れ去られてゆきました。またこの寺の資料もこの豪族の名も残されていないそうです。
海会寺の出土品は塼仏(せんぶつ=粘土を型押ししてつくられた小さな仏像)・九輪・水煙・風鐸そして大阪の四天王寺などと同じ木型から作られた軒丸瓦など、豪族と中央政権との強いつながりが想像されます。これらの出土品は1995年に一括して国の重要文化財に指定され、1998年にはこれらの出土品を古代史博物館を建設して一般公開が始まりました。



回廊跡と五重塔基壇



奥は講堂跡



海会寺前の博物館・泉南市埋蔵文化財センターもここにあります



金堂に使われていた四天王寺とまったく同じ木型でできた軒丸瓦



五重塔の相輪の三分の一復元模型(3.5m)


慈眼院


673年天武天皇の勅願寺として開創、奈良時代には聖武天皇の勅願寺となったそうですが、その後弘法大師(空海)によって多宝塔(国宝)や金堂(重文)・諸堂が再建されました、南北朝時代に焼失しましたが1271年鎌倉時代に再建後、豊臣秀吉の根来攻めで多宝塔・金堂以外焼失、それを豊臣秀頼によって再建されました。
美しい苔に覆われた多宝塔は石山寺塔、金剛三昧院塔とともに日本の多宝塔の三名塔の一つとして知られます。



国宝の多宝塔(鎌倉時代)



金堂(鎌倉時代)


日根神社


諸説あって創建がいつか分かりませんが、史実としては天照大御神と須佐之男命の二柱を『日根大明神』としてお祀りしたのが始まりであると言われ、674年天武天皇が大井関山に社殿を造営され、716年元正天皇時代に制定された、日本武尊を祀る大鳥神社をはじめとする和泉五社の一つになっています。ここも豊臣秀吉が焼き打ち秀頼が再建しました。



日根神社拝殿



本 殿


久米田寺

橘諸兄と行基が開削指導した大阪府最大のため池である久米田池を維持管理するため(天平10年)738年行基菩薩によって創建されたと伝えられています、織田信長によって焼き打ち、1674年に再建されました。久米田池は桜の名所としても有名です。現在の久米田寺は可愛いお堂が林立しているだけで、見るべきものはありませんが古代の面影が残っています。



周囲2.6km・貯水量50000トンの久米田池



橘諸兄(たちばなのもろえ)塚


橘諸兄:(天武天皇代)684年- 757年、奈良時代の政治家、敏達天皇の後裔で元の名前を葛城王、737年天然痘の流行によって藤原武智麻呂をはじめとする四兄弟や多くの議政官が死去してしまい、これ以降、国政は橘諸兄が吉備真備などを重用し、聖武天皇を補佐することになりました。万葉集に7首を残しています。
             
                 ふる雪の白髪までに大君に仕へまつれば貴くもあるか



草ぼうぼうの光明皇后・遺髪塚

5月は13日(日)び大阪府高槻市近辺で旧石器時代から奈良時代までの歴史をたどり、復元された継体大王陵(今城古墳)と素晴らしい今城塚古代歴史館を訪ねます。


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