東北 がんばろう


東日本大震災支援
第48(63)回 10月の コダイ・ウォーキング レポート

 当尾(とうの)の石仏と興福寺の秘宝


奈良県と京都府の県境にある岩船寺と浄瑠璃寺のある地域は当尾と呼ばれています、ここには鎌倉時代の石仏・石塔があちこちに存在し、貴族・豪族の建立した寺々と庶民の石仏の素朴さが、素晴らしいハーモニーを奏でています。
2006年2月のブッダ・ウォーキングと2008年2月にこの里を歩きましたが、今回も郷愁に誘われて秋晴れの一日を満喫してきました、石仏はまだまだたくさんありますが、印象に残った野仏をお楽しみください。

 


岩船寺より浄瑠璃寺へ

岩船寺:729年聖武天皇の発願により行基さんが建立したと伝えられ、1221年承久の変により焼失、室町時代に再建されました。946年完成の本尊・阿弥陀如来座像は2.8mもある大きなもので、美しい三重塔・十三重石塔などともに重要文化財です。


十三重石塔(鎌倉時代)と三重塔(室町時代):重要文化財



岩船寺三体地蔵磨崖仏:過去・現在・未来を祈るお地蔵さんといわれる




































岩船寺五輪塔(鎌倉時代)・東大寺別当平智僧都の墓
:重要文化財                                 岩船寺門前地蔵石龕仏(南北朝時代):阿弥陀仏と同じ印相



おいしそうな野菜がどれでも100円



最も有名な阿弥陀三尊磨崖仏(笑い仏・鎌倉時代):中国から招来した石工・伊行末の子孫・末行の作


   埋もれ地蔵(南北朝):お首から下は埋まったまんま          一願不動明王(鎌倉):一つだけかなえていただけます





































「ちょうどお昼になりました、風が強くて快適に…」





「お犬様」グレートピレネー、右より140Kgの4才(全米チャンピオン2回)、128kgの2才(昨年の世界チャンピオン)
左はまだ1才の子犬、猪を一咬みで倒す3匹を操る Iさんの右の握力は190、いやはやどぎもを抜かれました



カラスの壺阿弥陀・地蔵磨崖仏(南北朝):右端に灯篭、左奥にお地蔵さま



あたご灯篭(江戸時代):お正月にはここからおけら火をとってお雑煮を炊いたそうです



藪の中三尊仏(鎌倉中期):左・阿弥陀孫、中・地蔵尊、右・十一面観音、1262年 橘安縄 製作



左・首切り地蔵=東小阿弥陀石龕仏(1262・鎌倉中期)、元・浄土寺という寺があり墓地らしいところでした



浄瑠璃寺境内に集まった石仏群 (道路拡張などで移動させられたのでしょう)


浄瑠璃寺:薬師如来の浄土が東方浄瑠璃世界にあることに由来し、1047年当麻の僧・義明上人によって開かれ、平安朝時代の本堂・三重塔・木造阿弥陀如来座像九体・木造四天王像などが国宝であり、重要文化財多数を持ち、庭園は特別名勝・史跡に指定される名刹、一名を九体寺と呼ばれるのは現在の本尊・阿弥陀如来によるもので、本来の薬師如来(秘仏)は三重塔に安置されています。



薬師如来の三重塔(国宝)  
阿弥陀堂・九体仏はこちら」



近くの茶店・あしびのに咲いていた「ほととぎす」



浄瑠璃寺門前「あ志びの」茶店よりコピー


これから奈良市内に戻った私たちは、興福寺で特別公開の三重塔の弁財天坐像(いずれも国宝)と北円堂の運慶一門による弥勒・無着・世親像や四天王像(いずれも国宝)を拝観できました、特に北円堂は素晴らしいところで、私は翌日も再訪しました。

特別公開中(11月23日まで)の興福寺・三重塔と北円堂



















北円堂由来:721年藤原不比等の一周忌に元明・元正天皇が長屋王に命じて興福寺内に建てられました、1180年に火災を受け1210年頃創建当時の姿のままに再建。
弥勒菩薩は古い経典「阿含経」で釈迦の後継者と知られ弥勒信仰がインドで流行し、中国・朝鮮を経て日本へ伝わりました、弥勒坐像は運慶の晩年の作で仏のイメージをおおらかに表現しています。
無着・世親の立像も運慶作で、日本彫刻の最高傑作といわれ、世界的に知られた彫刻です。無着・世親はインド名をアサンガ、ヴァスバンドウといい、弥勒(マイトレーヤ)の弟で3人は高名な哲学者、大乗仏教を確立したことで知られます。但し弥勒菩薩とこの弥勒さんを古くから各所で混同していることが多々ありますので、要注意です。    


来月は11月13日(日)に紅葉を訪ねて日吉大社より比叡山を越えて京都側へと下ります、詳細は「風来坊主のおおさか物語」をご覧ください、東北よりの被災者は一切無料です


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