吉 野 紀 行
2010-10-18 特別番外編


昨年10月に吉野山へウォーキングで行ったときはケーブル駅より中千本付近から、元々吉野山への登り口であった宮滝へと下りましたので、奥千本や上千本をいつか歩きたいものと思っていましたが、ちょうど蔵王堂の秘仏の開扉がありましたので、一年後に実現することができました。奥千本口より私の好きな西行法師の西行庵・苔清水を通ってケーブル駅までずっと下りの道は脚に応えましたが、さわやかなお天気のもと楽しいひとり旅でした。



西行庵


西行法師略伝:
俗名・佐藤義清(のりきよ)、1118〜1190年(平安末〜鎌倉時代初期)、出自は藤原氏で19歳より鳥羽院の北面の武士、和歌と故実(先例)に通じていたが(一説によれば)かなわぬ恋に世をはかなみ23歳で妻子を捨てて出家、以後心おもむくままに漂泊の旅に出て諸所に草庵を造り、高野山には高野聖として30年を過ごし多くの和歌を残しました、藤原俊成と共に新古今の新風形成に大きな影響を与え、新古今集には最多の94首が残されています。末年は大阪河内の役の行者開設の弘川寺の裏山の草庵にて71歳で逝去しました。

世の中を捨てて捨てえぬ心地して 都はなれぬ我が身なりけり

春風の花を散らすと見る夢は さめても胸の騒ぐなりけり

ねかわくは はなのもとにて 春しなん そのきさらぎの 望月の比(ころ)
  如月の望月=旧暦2月16日 釈迦の涅槃の日 



西行庵の法師像と苔清水




吉野山 去年の枝折の 道かへて まだ見ぬ方の 花をたずねむ

とくとくと 落つるも岩間の 苔清水 汲みほすまでも なきすみかかな 
    
西行

 露とくとく 試みに浮世 すすがばや  松尾芭蕉





左・熊野まで続く大峰奥駆け道



義経が隠れた行者の隠れ堂



吉野の峰々 右のとんがった山は台高山脈の北端・高見山(1248.3m)



吉野水分(みくまり)神社 水を司る天之水分大神(あめのみくまりのおおかみ)を祭神とする
国宝・鎌倉時代作の木造玉依姫命(たまよりひめのみこと)坐像、建物群はすべて重要文化財
現在は子授けの神として信仰を集めています



下千本の眺め 奥は蔵王堂



比叡山・横川の豪僧・覚範の首塚






修験道の総本山・金峯山寺



蔵王堂 檜皮葺の大屋根の高さ約34m・国宝 1582年豊臣家の寄進 東大寺大仏殿に次ぐ木造建築




金剛蔵王権現像(中央像高7.3m) 秘仏・重文 
過去・現在・未来の三世にわたって私たちを救うことを表すそうです(パンフレットよりコピー)
ポスターには真中が釈迦如来・左が弥勒菩薩・右が千手観音とありました 





上:青い色は仏の慈悲を表すそうです。

左:奥千本口の金峰神社付近にあった「安禅の蔵王堂 」にあった御本尊の蔵王権現、現在は山下の金峯山寺に祀られています。(パンフレットよりコピー)





奥吉野をお楽しみいただけたでしょうか?難渋するとは思いますが雪の吉野も行ってみたいものですね。さて吉野山の全容は中・下千本にも素晴らしい歴史が生きています、そちらは去年のウォーキング レポートをご覧ください。
                          第27(43)回 10月「縄文〜万葉の吉野を歩く」


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