第30(46)回 コダイ・ウォーキング レポート

紀ノ川の古代を訪ねる


奈良県の吉野川から和歌山市へ流れ込む紀の川沿いは、縄文時代の遺跡が続いており、古墳時代以降、豪族(律令以前の國造=くにつくりのみやっこ)・紀氏を中心とする穀倉地帯として発展してきました。

下流域にある岩橋(いわせ)千塚・鳴神・鳴滝などの古墳群は5〜7世紀前半にかけて築造された前方後円墳、円墳、方墳など約850基が集まっており、その古墳の数の多さは全国でも最大クラスといわれています。

今月は岩橋千塚古墳群を中心とした「紀伊風土記の丘」へ行くことにしました、古代から多くの文化を育ててきた紀の国の訪問は、春を思わせる好天気に恵まれて楽しい一日となりました。


紀伊風土記の丘

国の特別史跡「岩橋千塚古墳群」の保全と公開を目的として1971年8月に開館、考古・民俗資料を中心とした和歌山県立の博物館です。標高約150mの丘陵からその北斜面・ふもとまで約65haの広さがあり、430基あまりの古墳が点在、丘陵の上からの眺めはすばらしく和歌山市街地・紀ノ川や和泉山脈を一望できます。

岩橋千塚古墳群からは、日本初の形象埴輪をはじめとして多くの種類の埴輪と装飾品、武具、須恵器などが出土しています。また前山2号墳は上からガラスを通して内部を見ることができたり、将軍塚古墳では横穴式石室の一部に入ることができるなど、古墳を知る上で大変有効な施設になっています。




紀伊風土記の丘公園への道・前方の丘に古墳群があります



紀伊風土記の丘 (公式ホームページよりコピー)



小古墳群の一つ



紀の川を眼下に昼餉・川向こうには国府や国分寺がありました



和歌山県立博物館にてコピー


大日山35号墳

この古墳は141mの大日山頂上にある和歌山県で最大の前方後円墳、基壇長105m・墳長86m・玄室長4.33mの横穴式石室があります、もちろん葬者は紀氏ゆかりの人と想定されています。ここからは2003〜5年の調査で日本で初例の三種の珍しい形象埴輪(両翼の鳥・両面の人面・矢入れ具=胡録=ころく)が出土しました。



紀の国最大の前方後円墳・大日山35号墳 玄室は裏側ですが入れませんでした



両翼の鳥、両面の人面埴輪(発掘された日本列島2009−近つ飛鳥博物館にて撮影・再録)




































「紀 氏」について:

紀の国はもちろん紀氏の国であった訳で、遠く出雲からやってきた豪族だったそうです、大和朝廷の初期に紀伊国造に任じられ、現和歌山市にある日前神宮・国懸神宮を祀っていました。

紀氏出身の武内宿禰が大和朝廷の中央貴族として活躍し、宿禰の子らには、蘇我石川宿禰、葛城襲津彦、紀角宿禰らがいて、紀氏一統は大きく世にでることになります。905年に醍醐天皇の勅撰「古今和歌集」を編纂した*紀貫之、紀友則などが私たちの最も知る人たちですね。

大化の改新以降も紀国造として紀州に存在、豊臣秀吉の紀州攻めで一旦落ち延びたものの、徳川家によって再興され、以後は前記の神宮の宮司として現在も存在しておられます。

ちなみに、天皇家より古い日本の豪族で現在も存在しているのは、出雲の千家・北島の両家、阿蘇神社の大宮司の阿蘇家、そして紀氏の四家だけだそうです。



                     *紀貫之の代表歌
         人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香ににほひける(百人一首)
         吉野川いはなみたかく行く水の はやくぞ人を思ひそめてし(古今)

                     *紀友則の代表歌
         久方のひかりのどけき春の日に しづ心なく花のちるらむ(古今・百人一首)
         きみならで誰にか見せむ梅の花 色をも香をもしる人ぞしる(古今)





はや梅が咲いていました(Photo:なべちゃんより拝借)


風土記の丘から和歌山城を通りぬけて和歌山県立博物館へ行きました


和歌山城にて


1585年豊臣秀吉が「若山」の地に築城、以後和歌山と改名しました、徳川時代1846年落雷により主要建造物が全焼、再建されるも1945年7月の和歌山大空襲にて再び全焼、1958年鉄筋コンクリートで天守群を再建しました、創建当時は黒い天守閣だったそうです。日本百名城の一つに選ばれています。



450年の大樟





和歌山城天守閣付近にて



和歌山県立博物館




































美しい縄文土器 左:和歌山市川辺遺跡 右:上=田辺市高山寺貝塚遺跡・下=串本町大水崎遺跡



平安時代の那智山経塚群の模型・木炭が詰められていました



左:博物館 右:近代美術館


2月のウォ−キングは18日(木)に生駒山麓の遺跡を巡り歩いて信貴山へ行きます、詳細はまもなく。


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