第26(42)回 コダイ・ウォーキング レポート

淀川の歴史と自然を楽しむ



葭(ヨシ=芦・葦)


淀 川

私の産湯は淀川の水でした、関西に住む多くの人たちは淀川の恩恵の下に古代から生きています、正に淀川は悠久の歴史を流れています。
淀川水系に関わる地方は、滋賀県・京都府・三重県・奈良県・大阪府・兵庫県におよび、日本国成立の歴史の真っ只中を流れてきました。
淀川は琵琶湖を中継して大阪湾まで延長75.1Km・平均流量163㎥/sで流れ、神崎川・木津川・野洲川など965本の日本一の支流(支川)をもっています(2・3位は信濃川・利根川)、
大和の国が形成される頃には既に大阪湾に至る船が頻繁に交通し、生活と文化の大動脈でどれほどの恩恵を蒙ってきたか計り知れません。正に日本の母なる川といっても言い過ぎではないと思っています。

私たちのコダイ・ウォーキングは2ヶ月の夏休みを経て、10ヵ月にわたる再開の始まりを淀川にし、右岸(高槻市側)を約12Kmウオークしました、ちょうど日曜日だったので、淀川に遊ぶ様々な人たちと接することができ、淀の川風に吹かれながらの楽しい一日となりました。
どこを写しても高層ビルと煙突が映りこみますが、時代を象徴する風景で、これらがない時代を想像しながらご覧ください。




鵜殿の葭(ヨシ=芦)原:淀川流域最大の原野で、毎年2月に野焼きが行われて良質の芦が収穫されます



今年初めての彼岸花(天上の花・)花言葉:「思うはあなた一人」



30年も続く軽飛行機クラブ、かっては専用の飛行場までありました



滅多にない木陰を見つけて昼餉、ここで草刈をしていた方々はなんとゴルフの練習場を作っているのです



悠久の流れ



広大な「淀川河川公園」


「淀川河川公園」
とは
(財)河川環境管理財団が運営する公園で淀川の右岸に5・左岸に4ヶ所、その他に野原広場地区・景観保全地区・自然地区などがありますが、この他にゴルフ・野球などあらゆるレクリエーション施設で利用しつくされています。

















やっと中間点の枚方大橋、その下ではスキーの選手がローラースケートとストックで練習中



枚方大橋を通過



芥川に架かる鷺打橋、芥川宿は西国街道(西宮宿~京都)の宿場町でした



「淀川の環境」《フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)より抜粋》
淀川下流域ではアシなどが繁茂している事から、絶滅危惧種であるイタセンパラやアユモドキなどが生息する重要な地域となっていた。だが生活排水による淀川の水質汚濁によって個体数は激減。これに加え1984年に淀川大堰が完成し、湛水によるアシ群生地の水没などによりイタセンパラの個体数は絶滅が危惧されるほど激減した。自然保護団体の指摘を受けた国土交通省近畿地方建設局は、淀川大堰上流部に人工のワンドを設けてイタセンパラの生息域を確保し、個体数の回復を図る対策を施した。一時期は効果があったものの、現状としては個体数の回復は絶望的との見方もある。アユモドキも減少に歯止めが掛かっていない。



水路に萩咲く三島江の道端《薦=こも=まこもを編んだむしろ》


「三島江の人々」
古来、三島江村は淀川の氾濫に悩ませながらも美田を守り続けていましたが、1867年(明治元年)に起こった氾濫は当時の堤防を破ってしまい、美田ことごとく土砂の下に埋まってしまいました。呆然自失から立ち直った村民は助け合いながら、正に人力によって17年間かけて復旧させることができました。
1950~53年に堤防拡張かさ上げ工事が計画され、98戸中68戸が移転を迫られ、辛苦の上に築いてきた田んぼもろとも、河原化してしまいましたが、村民は村に新設された水路と道路によって、いまなお当時を忘れない生活をおくられています。
















「三島鴨神社」淀川の鎮守社で江戸(1958年)時代に河川改修のため淀川の中洲(川中島)から
移転した最古の三島神社で、日本三三島(愛媛・伊豆)の一つですが、静かなたたずまいでした



今日の最終地点「くらわんか舟」発祥記念碑:くらわんか舟は徳川時代に許可された淀川を往来する、
三十石船などに酒食を供する舟のことで「クラワンカークラワンカー」と呼びかけていました


「三十石船」とは
早朝に大阪を立ち夕刻京都に着く上りと、夜京都をたち朝に大阪に着く下り便があり、江戸時代には162隻が就航し、長さ11~15m幅1.8~2.1m船頭4人(快速は6人)乗客定員28名と定められていました、ということは一日約9000人のお客が利用していたことになります。「三十石船舟歌」が今も継承されています。  

                        「淀川三十石船」歌を聞いてみる
       「ヤレサー 淀の川瀬の あの水車エ ヤレ誰を待つやらくるくるとヨ ヤレサーヨーイヨーイーヨー」 
       「ヤレサー 八幡山から 橋本みればエ ヤレ赤い女が出て招くヨ ヤレサーヨーイヨーイーヨー」・・・


















久々恒例の「反省会」みんな頑張って反省することなーし

淀川今昔、お楽しみいただけたでしょうか、足慣らしを兼ねて歩いた距離は15Kmだったそうですから、日頃ぐうたらな私の脚は悲鳴を上げそうでした。来月は24日(土)吉野山の歴史と風景を楽しむウォーキングです、桜紅葉が色づいていればラッキー、でも11月は紅葉前線真っ盛りのXXを予定しています、どちらもお楽しみにBye


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