第105(120)回 6月 コダイ・ウォーキング レポート


矢田寺界隈 アジサイと花ショウブそして金魚たち


6月といえば梅雨、梅雨時期の花といえばアジサイが、うっとうしい雨の日を爽やかにしてくれます、今月はアジサイで有名な矢田寺を中心に花と金魚を楽しみました。

紫陽花は日本固有のガクアジサイが品種改良を受けて、今では世界中で愛されています。またハナショウブは一名あやめとも呼ばれ、日本の東北地方から戦国時代より江戸時代までに品集改良され全国に広がりました。

金魚は2000年前、中国で赤い鮒(フナ)が品種改良され愛玩される金魚が生まれました、日本へは1500年室町時代に輸入され、庶民に普及したのは明治以降です、大和郡山市は日本三大生産地(愛知県弥富市・東京都江戸川区)の一つで、年間6000万尾を生産し世界中に供給しています。


前日の大雨も朝には止んで、晴れ間も出る快適なお天気になり、参加者は近頃まれな12名の多さ、そしてこれもまれなことに歩行距離12Kmと、さわやかなウォーキングでした。ちょっと残念なことは矢田寺のアジサイが一週間ほど早くて、日当たりのよいところだけに色づいていたことでした。


奈良県立・大和民俗公園

人口87000人余りの大和郡山市は南部にパナソニック・シャープ・ハウス食品などの工業団地を持つ田園都市といえるでしょう、電車は近鉄とJR線があり、近鉄「郡山駅」から西へ3Kmのところの広大な森林公園の中に、民俗博物館・花菖蒲園・江戸時代民家の復元・梅園・さくらなど大変楽しめるところです。
県立民俗博物館:ここでは太平洋戦争の敗戦前の暮らしのあらかたが展示され、強い郷愁に誘われます。あれから70年余りで人々の暮らしは大きな変化をきたし、人々の心も他人を思いやることの少ない民族になりました。






















公園入口と博物館



稲の苗を植える前に田んぼの土を鋤(す)き返す牛と鋤などの道具類、今は耕転機を小型ブルが引きますね





上の棚の小舟は不断に使われていたものです



戦前のお茶の間の様子



右側は銅板で覆われて上の棚には氷を入れる冷蔵庫、左は初期のフロンガス式電気冷蔵庫

ハナショウブ(あやめ)園



ハナショウブとお茶畑























格別においしい昼餉と食後を楽しむ人々


あやめ百態




































江戸時代の民家とその内部(25軒も園内に点在しています)

矢田寺

正式には矢田山・金剛山寺という、天武天皇の勅願により679年(天武8年)に七堂伽藍四十八坊を造営、十一面観音菩薩と吉祥天を安置しました。その後の戦乱などにより多くを焼失し、現在は矢田寺大門坊など四つの僧坊を総称して矢田寺と呼ばれています。

このお寺は現在真言宗となり、ご本尊は地蔵菩薩になっていますが、探し方が悪く本堂では見受けられませんでした。隣の閻魔(えんま)堂が6月だけ特別公開されていました。

それにしても道々にはたくさんのお地蔵さんが立っておられ、千躰地蔵のお寺もあり地蔵寺の感じがしました。アジサイ園では60種10000株のアジサイを見ることができるそうですが、時期的に少し早く日当りのいいところだけ満開になっていました。

私たちは民俗公園より東海自然歩道を通って矢田寺の本堂の横へ出ることができましたが、これは道を間違った結果の儲けもので、長い石段を登らずに済み、楽しい山歩きでした。



本堂とアジサイとお地蔵さま























 
 左:閻魔堂の閻魔さんを覗く人々
 右:味噌なめ地蔵・自家製の味噌をなめてもらうとおいしくなるそうです
 
 閻魔大王:仏教、ヒンドゥー教などでの地獄、冥界の主。死者の生前の罪を裁いて、地獄行きか極楽行きを決める神さま。日本の仏教では地蔵菩薩の化身ともみなされ
ています





花の色の変化:紫陽花の花は江戸時代以前の文学には、ごくまれにしか登場せず、万葉集にはアジサイのように色の変わる信用できないやつ、という歌もあるそうで、「化花」「幽霊花」の名も残ると、6月15日の朝日新聞「天声人語」に載っていました。

実際には酸性土かアルカリ土かによって、色素であるアントシアニンがアルミニウムイオンの吸収の度合いによって、青色から赤色まで花の色が変わる、また葉緑素が変化して有機酸に変わって色が変化することもわかっています。

なぜ色が変化するのだろうと不思議に思い神秘的な花と思っていたのが、化学変化で色が変わることを知ってしまえば、ちょっと興ざめになりますね。



矢田寺の閻魔大王(奈良県観光公式サイト「あおによし なら旅ネット」より転写



美しいアジサイの群舞

これは生物楽者・Mさんが大阪市・長居植物園のアジサイを5種贈っていただきましたので、楽しみたいと思います。












紫陽花に寄せて:               
                                 駄句:
紫陽花や藪を小庭の別座敷      松尾芭蕉    
紫陽花やきのふの誠けふの嘘    正岡子規    紫陽花に五色の雨の降りたもう   小野雨子
紫陽花の花に日を経る湯治かな   高浜虚子    紫陽花や古りにし恋に似たる花   小野雨子

あじさゐの色にはじまる子の日誌   稲畑汀子    七色に降る雨香るあじさい花     小野雨子
     


アジサイと山法師の大木


やまと錦魚園

大和郡山の金魚は柳沢吉保の子・吉里が甲斐の国から郡山藩主として国替りしてきた時に持ってきたと伝えられいます 。下級武士の内職として飼育していた金魚の養殖技術が、徳川の末期から明治の初期にかけて付近の農家に伝えられ、水利の便の地の利を得て日本の主要産地となりました。現在生産量第一の愛知県弥富市の金魚も始まりは郡山から運ばれたものでした。

先代の代表嶋田正治が1982年に「一年中いつでも金魚が見ることができる観光施設が全国の何処にもない」と私費で「郡山錦魚資料館」を開館しました。

この辺りは地図上では金魚の養魚池が広大な面積を占めていますが、実際には水がなく草ぼうぼうであったり、畑や宅地になっているのを見ると、金魚を飼う人が減っているのか、輸出がへっているのではないでしょうか。
時間が遅くなっていたので錦魚園の人にこの辺の状況を聞けませんでしたが、生産過剰から脱してより美しい金魚を生産してもらいたいと思っています。



金魚池と畑























金魚すくいの金魚?と選別する池



博物館内



良く歩きご機嫌な反省会はイタリア料理(近鉄・郡山駅近くサン・プーペ=いい店です) 70代が3人残りは80才の元気者


7・8月のウォーキングはお休みですが、納涼カラオケ大会を8月3日(木)に行います、詳細は7月初旬に発表します。


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